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博多織の歴史、種類、工程、エピソードの話

大正12年創業、新宿・甲州屋呉服店の三代目社長 志村 賢三(シムラ ケンゾウ)です。

今回のコラムでは、博多織の歴史、種類、工程、エピソードなどを解説いたします。

1. 博多織の歴史

福岡県福岡市早良区は、有田遺跡など多くの遺跡から絹織物が出土し、古くから織物が盛んであったことがうかがい知ることができます。

鎌倉時代の1241年、嘉禎元年から6年間の滞在を経て、僧弁円と共に宋から帰った博多商人、満田弥三右門が持ち帰った唐織の技術が博多織の始まりとされています。

時は移り、250年の歳月を経て子孫の満田彦三郎が明の広州で織物技術を取得し、家伝と融合して博多織の伝承技術の基礎を確立しました。

天正15年(1587年)、豊臣秀吉による九州統合の折、島津勢に焼き払われて廃墟と化した博多の復興を、嶋井宗室、神谷宗湛らが嘆願。
秀吉はすぐさま町の再開発を指示、石田三成、黒田官兵衛らによって立案された計画により博多の街の復興が実現しました。

関ヶ原の戦いの後、黒田如水・長政父子は、功績により、豊前中津23万石から筑前52万石に移封されたのでした。

博多織は初代藩主黒田長政の時に江戸幕府に献上されるようになり、博多帯最上の品を献上柄と呼称されるに至ります。

献上柄は、「仁」「礼」「智」「信」「徳」を意味する五色を用いて製織されました。

同時に織元に「織屋株」と称する特権を与え、保護という名の統制のもと、藩からの需要のみの生産をさせ、品質保持をはかると共に献上の風格と希少価値を厳重に管理していきました。

一方、慶長9年(1604年)、幕府が貿易政策として実施していた糸割符制度は、博多への支那糸の輸入を極度に制限し、堺など上方へ大量の輸入糸を優先して割当てました。

博多織の生糸は、長崎経由で輸入されていたのです。

明歴元年(1655年)、糸割符制度が廃止されて後、支那糸の輸入を制限し、諸藩は殖産振興のため養蚕の奨励をはかるようになりました。

その後、宝暦年間(1750年中頃)に、十二戸の博多織株仲間が成立したといわれています。

福岡藩では、文政9年(1826年)頃から領民に帯、野袴などの他すべての博多織の着用を許可し、藩内の経済成長をはかるようになるに至りました。

こうした経緯で業者が乱立し、事実上株仲間が廃止され、以降博多織は問屋制資本の性格のもと、再出発をはかるに至ります。

こうした経緯で博多織同業組合が解消されて、博多織工業組合が設立され、現在へ継承されています。

2. 博多織の種類

献上、変り献上、平博多、間道、総浮、捩り織、重ね織、絵緯博多などがあります。

献上

 

変り献上

 

 

 

3. 博多織の工程

博多織は次の工程により生産されています。

  1. 図案
  2. 意匠デザイン(方眼紙に織組織を描き起こす)
  3. 糸の精錬
  4. 染色
  5. 糸繰りで枠木に巻き直し
  6. 整経(経糸を設計図通りに糸を並べ、ロール状に巻きつける)
  7. 糸継ぎ(七~八千本の経糸一本一本を手織機の経糸に結びつけていく)
  8. 緯合わせで細いヨコ糸数本をまとめ、太い糸に仕立てる
  9. 管巻き(ヨコ糸を杼にセットするための管に巻いていく作業でヨコ糸の下準備が完了)
  10. 製織
  11. 織上り、厳密な検品仕上げ
  12. 完了

4. 博多織のエピソード

幕末文化十一年(1814年)、当時28才の桝屋清兵衛(のちの山崎藤兵衛)が江戸へ出て博多織を広めようと鋭意活動にいそしんだが、全く見向きもされませんでした。

そこで一案、市川団十郎と岩井半四郎に博多織を贈り、舞台で着てもらうことに。

「助六縁江戸桜」にて団十郎の助六は博多萌黄に黒の独鈷、白の華皿の博多織のきもの、羽織は黒に白の華皿四本立、帯は浅黄に紫の三枡格子で登場。

半四郎の陽巻は、紫と黒の棒まじりの博多織というあで姿で登場。

この場面で助六が博多織の由来と質の良さを語ったといわれています。

これがあたり、博多織はまたたく間に江戸中の評判となりました。

他にも、中村伸蔵は仮名手本忠臣蔵で、黒羽二重に白の博多織で斧定九郎を演じたといわれています。

その後は、助六、歌舞伎十八番、歌舞伎舞踊などで、定番衣装として用いられるようになりました。

また、相撲の世界では、力士が幕下に上がると博多帯を着ることが許されるようになりました。

5. 博多織の近年の歩み

1971年
小川善三郎氏、献上博多織の重要無形文化財保持者に認定される。

1976年
「博多織」が伝統工芸品に認定。

1994年
この年から伝統工芸技術をコンピュータで再現。
エキスパートシステム化プロジェクトが始まる。
試作第一号は来日したクリントン大統領夫妻に贈呈された。

2002年
博多祇園山笠の人形衣装地として、それまでの西陣織が博多織に改めらる。

2006年
さらなる発展と人財育成を目的に、「博多織デベロップメントカレッジ」を開設。
博多織を未来につなぐ、後継者育成の先駆としての活動に入る。

2011年
帯地についで、博多織着尺および袴地が「伝統工芸品」に認定される。

6. 新宿・甲州屋呉服店について

新宿・甲州屋呉服店

 

当店甲州屋呉服店は、大正12年、新宿の地で創業しました。

和服好きの方や、着物のことでお困りの方に、“老舗の知恵” と “最適な(時には斬新な)方法” で、販売のみならず、お手入れ、着付け、レンタル、お預り等、あらゆる方法の中からピッタリなご提案をしています。

当店にて博多織の着物を取り扱っておりますので、ぜひお気軽にお越しくださいませ。

変り献上

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